寺坊侑烏になるまで

1)ステンドグラスと出会った

「どうして、ステンドグラスを作るようになったんですか?」

ほんとによく聞かれる質問です。

端的に言えば、「雷のような電気が走ったからです。」

私は薬科大学を出て、外資系の製薬会社に就職して、結婚を機に退社して札幌の高級住宅街と呼ばれる地域にマンションを購入して引っ越したばかりでした。

親戚から新築祝いに戴いたアンティークのステンドグラスを修理するために、どういったところに行けば良いのか??と思っていたら、なんとマンションの隣がステンドグラス工房でした。

そこは、金属質の外壁で、何かの工場みたいな建物。中に入ると真っ暗で、不明なものが山積み。

二階から人の声が聞こえるので恐々、階段を上り、、、突然すみません、ステンドグラスを修理するのは可能でしょうか?などと話しかけたと思います。

出てきた恰幅の良い女性は、ものすごい迫力で元気印みたいな方。部屋の中には夢中で作業する数人。

決して明るくはない だだっ広い部屋は、ラジオの音と機械の音、ハンダやタバコの煙もあり、見た目にはキレイではないのだけど

自由と制作の楽しさが充満した素晴らしい場所だと一目で分かりました。

この空間、先生に出会った瞬間に稲妻に打たれたようなズドーン!という感覚がありました。

なんとか修理をお願いして、教室のことも少し聞いてその日は終わりました。

帰宅後もしばらくボーっと異次元に行ったような感覚で、それからお隣さんのことが忘れられず。。。

数々のお料理教室やお花などの習い事や薬局のパート、飼い始めた犬と新しい土地での生活。

「いい奥さん」にならなきゃ、主人の会社や得意先とのお付き合いもちゃんとしなきゃ、と別人になる努力をし続ける毎日でした。

しかし、私はそれから半年以上もやもやした挙句、ステンドグラスを始める決心をしました。

一人の生徒さんが日差しに透けたガラスの色にうっとりしていて、どうしてもそれが何なのか知りたかったのです。

表面上、順風満帆にいってそうな普通の一般的には良さげなレールから降りて、思考より直感で進む人生・自分らしい人生を選んだ瞬間だと思います。

26歳。自分の居場所にいないことだけしか分かっていない私でしたが、この後も何かが違う!と何度も方向転換を繰り返します。

続きは、次回にします(^^)

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ガラス作家 寺坊 侑烏(じぼう ゆう)は「1000年残るステンドグラスを作ります」を信念に、

全国の公共施設、商業施設、住宅の空間に彩りを加えるアートガラスを受注制作しています。

ヨーロッパを中心にステンドグラス視察のために20か国以上訪れ、有名・無名問わず、これは!と思うステンドグラスの紹介とガラスや制作を通じて得られる学びや想いを綴っています。

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  • この記事を書いた人

寺坊 侑烏 Yuu Jibo

旅好きガラス作家。制作の傍ら、ガラスが使われている空間を歩いて探している。今までに20年以上、20か国以上、見つけたステンドグラスは数知れず。女一人、ほとんどボディランゲージで現地で愛される現代の窓を見つけるたびに感動と感謝の涙が止まらない。

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